次世代型組織づくりのすすめ(セムコスタイル,Teal型組織,ホラクラシー,サーバントリーダーシップ)

ホラクラシー経営、Teal型組織、サーバントリーダシップ、ネットワーク型組織、ノマドワークスタイル。近年、このような次世代型の会社組織がじょじょに台頭し、組織変革コンサルを手がける当社でも次世代型の「びりかん式経営」を実践しています。このブログではそのノウハウをご紹介。

2010年01月

今そこにあるもの

今でも大して成長していないかもしれないが、20代半ばの頃の自分は、お恥ずかしながらとても嫌なやつだった。今でも思い出すと顔が赤くなるぐらい恥ずかしくなる。

当時はシステム開発会社の中小企業の営業部だったのだが、技術部門中心の会社であったため、営業部はわずか3名しかおらず、当然自分のOJTをやってくれる人などいなかった。結果、新卒社員にもかかわらず毎日ほとんどほったらかしにされることになった。ろくに仕事を教えてもらえず、やることがないので17時半には帰る日々が続いていた。

そんな状況が1年ほど続いて、このままでは自分は駄目になるとだんだん怖くなってきた。先輩社員や上司に頼っても何もかわらない。自分でなんとかしなければならなくなった。そこで勇気を振り絞って、自ら顧客になりそうな企業をリストアップして電話アポをはじめてみた。

最初はしどろもどろだったが、必死になって創意工夫をしているとじょじょに道がひらけてきた。それから1年経つころには、担当顧客も増え、社内でもそれなりに必要とされるようになってきた。

もちろん大変なことも多かった。時には知識のなさを技術部にバカにされたり、業界常識のなさのせいで顧客に怒鳴られたりした。でも、めげなかった。がんばった。その時自分を支配していたのは、「結局人なんて信用できない。自分でやるしかない。今にみていろ。」という半ば黒いエネルギーだった。ほったらかしにされた怒りが自分のヤル気を支えていた。

そして、そのどろどろとした力に身を任せていたら、結果がでるたびに黒く染まっていった。

自分より能力のない人間をバカにするようになり、増長した発言を繰り返すようになってしまった。家庭でも同じで、妻にえらそうに家事をもっとしっかりやれと説教たれていた。まさしく絵に描いたような嫌なやつだった。

どこかでそんな自分が嫌だったが、その黒い力に身を任せて、自分も相手も傷つけて無理やりに行動していくと、もはや後戻りができなくなった。心にかさぶたをつくって、虚勢をはり、傷ついている自分に気づかないようにしなければ耐えられなくなった。

今思えば、親に放置された子供がグレていく過程とそっくりだ。根深く「人なんて信用できない。」という信念を塗り固めて、もがいていたから、人の愛を信じることができなくなっていた。

結果ばかりに執着し、手段を選ばなくなった。そして結果に対して周りに賞賛された時だけ、少し満足するものの、根にある信念のせいで安心できない。だから、証拠を見せろといわんばかりに、更に周りに自分への賞賛を求めた。そして、それが途切れると不満になり、自分がどれだけすごいかをわめいた。


とても滑稽で矮小な人間だった。
毎日愛を求めて叫んでいた。


それから、紆余曲折あって色々とひどい目に何度も会い、それらを乗り越えて今に至るわけだが、色々とひどい目にあって学んだ事はたったひとつで、結局愛は人に求めるものじゃなくて今そこにあるものだということだ。求める必要なんかないのだと気づいた。

結果や名声や金などなくともいいのだ。生きているだけで愛されているのだから。人から賞賛される必要もない。自分で自分を愛するだけでいいのだから。

いつしか、僕は求め続ける苦しみから開放されていた。
そんな喜びを今度は周りの人に伝えて生きたいと思う。

ゆるす。

024721b8.jpg新年あけましておめでとうございます。(遅っ)
年明け初めての更新です。

さて、今年も例年通り(といっても3年前からですがw)、今年のテーマを決めるべく奮闘していたのですが、年末年始で色々と考えさせられる出来事が続き、なかなかテーマを決められずにいました。

何度か「これだ!」と書いてみてもいまいちしっくりこない・・。
で、悩んだ挙句、最後に書いたのは「ゆるす」。

最近読んだ本「ゆるすということ」の受け売りですが、例えば過去の自分の過ちや、他者にされたひどい事、どうしようもないひどい出来事(=事故など)などを、恨んだり後悔したりして引きずるのではなく、積極的に手放すことで、人は愛や安らぎに満ちた心を手に入れられるそうです。

正直、まだまだ自分が理想とする精神性や思慮深さ、愛への理解、人の器が足りていないと日々痛感しており、まず全てを赦せる精神性を、今年は目標にしていきたいなと思います。

とはいえ、今現時点での自分の弱さを責める(=ゆるさない)と、本末転倒だというのがこの「ゆるし」の難しいところですね。他人か自分かにかかわらず、傷つけたり罰したりするのは「ゆるし」とは対極ですから。

もちろん、愛をもって「叱る」のは、傷つけるのとは違うと思うのでありなんでしょうけど、この「叱る」って、実は最上級に難しい行為ですよね。(笑) 右を向きながら左を向くような・・・。間違うと「厳しさ」を言い訳に単に怒りをぶつけているだけになってしまいます。とても上手にできる自信がありません。。。(汗) まずはその前にしっかり「ゆるし」を実践するところから身につけたいと思います。
組織変革コンサルタント 信國 大輔
記事検索
記事検索
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード