次世代型組織づくりのすすめ(セムコスタイル,ホラクラシー,サーバントリーダーシップ)

ホラクラシー経営、サーバントリーダシップ、ネットワーク型組織、ノマドワークスタイル。近年、このような次世代型の会社組織がじょじょに台頭し、組織変革コンサルを手がける当社でも次世代型の「びりかん式経営」を実践しています。このブログではそのノウハウをご紹介。

2014年12月

2014年を振り返って

今年一年を振り返ると、大枠のテーマでいえば、自分の内面の中で主格だった男性性と従属していた女性性との主従を苦しみもがきながらもどうにか入れ替えた年でした。そして、来年はその器によって、集まってくる人達を幸せの渦へと巻き込んでいき、大きなうねりにしていく年となるように思います。

大きな自己変容を体験した状態で感じるのは、時代が本当に大きな転換期を迎えているなということです。これからは大きく価値観が変わり主従が入れ替わる時代に突入するように思います。

今迄素晴らしいと言われていたものが自然と衰退し、逆にタブーとされてきたものが光を浴びることになると思います。

具体的に言えば、根性や目標・契約よりも、今の気持ちを大切にして途中でやめたくなったらすぐに手放せる柔軟さが大切にされ、切磋琢磨や競争よりも、お互いに甘えあい助け合うことが素晴らしいと賞賛されるでしょう。

厳しさよりも優しさを、効率や拡大よりも愛や感謝を、自己犠牲ではなく自己愛を、規律よりも自由やわがままを、そんな流れになるでしょう。

若い世代がどんどんとそれを体現しています。その動きをゆとり世代などと嘲笑する行為はやがて終わりを迎え、彼らは無意識的に世界の大局を捉えていたんだなと認められる日が訪れるのかもしれません。

男性性主導のカタチで繁栄してきた企業は、それを見つめなおさざる得ない時代になると思います。なぜなら今迄選択肢がほとんど無かったため、ブラック企業と揶揄しながらも我慢して働いていた人々が、女性性主導の幸せな企業の出現・増殖により大移動を始めると思うからです。どんなに根性論を訴えても人が集まらなければやがて衰退していく未来が待っているでしょう。もちろんそのような男性性主導の企業文化を好む人も少なからずいますから、完全に絶えることはないと思いますが、ほとんどの人が働くことに希望や幸せを感じていない今のこの世界の状況を見れば、大半の人が女性性主導の企業を好むのは火を見るよりも明らかかなと思います。さらに言えば、そもそもその比率や勝敗などに意味はなく、結果としてどちらを好む人も選択の権利を獲得して自分の幸せな働き方を追求できるようになるという点が最も重要です。

この転換期は全ての人に自己変容のきっかけをもたらします。なかば強制的に自分を見つめなおさざる得なくなるので、過去にとらわれ凝り固まった人ほど内面的な苦しみを味わいますが、しかしその偉大な苦しみを乗り越えた先には幸せが溢れた光り輝く世界が待っています。

そんな世界が着実に出現するよう、これから集まってる素敵な仲間達を船に乗せ、共に苦難を乗り越える喜びを楽しみながら、 愛と冒険の大航海を続けていくつもりです。

最後に。

2014年よ、本当にありがとう。そして自分よ、ありがとう。頂いた全てを糧に栄光の今と未来を手に入れていきます。

過去の自分と決別する

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前回に続いて本当の自信を身に付けるという話ですが、客観的に見ればすでに能力も実績もあり人間的にも素晴らしいのに、どうしても自信を持てないという人の要因の1つとして、過去の自分に囚われているというパターンがあったりします。

幼少期にいじめられたり、若い時に馬鹿にされたり、多くの失敗をしたり、暴言を吐いて周りの人を傷つけたり・・・そんな過去があるので、セルフイメージとして「臆病者」「小心者」「神経質」「無知」「いい加減」「お調子者」「性格が悪い」「運が悪い」というようなものを強く抱いていて、結果、どんなに実績を積み重ね周りに賞賛されても、ついつい「私なんか・・・」と自分を卑下してしまうような心性です。

自分で自分を卑下しているので、いつまでも自己評価が低く、それを隠すために無理して強がったり、あるいは人の言葉に傷つきやすかったり、ひどく落ち込んでしまったり、引っ込み思案になってしまったりします。過去の自分のイメージにずっと引っ張られている状態です。

もし、あなたが過去の自分に引っ張られていてセルフイメージを高められないのなら、実はそれはとてもおかしなことをしていると自覚することが大切です。なぜなら、今のあなたは、未熟だった過去のあなたではないからです。すでにいろんな経験を通して、多くの知恵を身に付け、能力を磨き、人間性も高め、素晴らしい人間になっているのが本当のあなたです。

もうそろそろ過去の惨めだった自分とはお別れしましょう。そんな幻想に引っ張られて元の自分に戻そうとする必要は全くありません。そして、過去の自分と決別し、今現在の光り輝くあなたをしっかりみてください。今のあなたは賢く優しく豊かで美しく素晴らしい。みんな、そんな素晴らしいあなたを心から愛しています。あなた自身もあなたを全力で愛してあげてください。

「自分にごめんなさい。そして自分にありがとう。」

卑下することをやめ、自分を信じたあなたの道は「栄光への道」となります。


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■みんなが幸せに働ける世界を創る!共創コミュニティ「ハーモニータウン」第3回定例ワークショップ2015年1月24日開催

自分を信じるということ

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いろんな方のご相談を受けていて、共通することが多い悩みの一つは、根底の自信の無さです。能力・実績や収入の大小・ルックスなどに関わらず、かなり多くの方が根底での自信というものを持てずにいたりします。

その場合、その対処としてよく見られるのが、努力し頑張ることで何かしらを得て自信を身に付けようとする行為で、この方法でも一定の効果はあるため、これに腐心している人も多いように思います。

ところが、このようなDo(行動。仕事を頑張るやファッションを極めるなど。)やHave(持ってるもの。実績や名声・収入・恋人など)による自信構築は、どうしても不安定にならざる得ません。なぜなら、それがなくなってしまったら(あるいはそれをしなくなったら)自信を失うという構図であるため、いつも自信を失う不安や心配が絶えないからです。

では、どうしたら安定的な自信が手に入るのか? それは、このブログでも何度か書いたように自分の存在そのものを信じるということになります。自分という存在は、存在しているだけで既に愛されていて認められているというのが本当の安定した自信につながります。

とはいえ、もともとの自信が不足している人がいきなりこのBe(存在そのもの)による自信構築ができるわけではなく、最初に挙げたDoやHaveを頑張ることによってすこしずつ自信を構築して、このBeによる自信構築への階段を創るのは大事なことだと思います。自己愛が不足したこの時代、そのほうが自然かもしれません。

どちらかというと、DoやHaveによる自信構築手法はいろんな書籍などでもポピュラーに扱われている話なので、その段階はある程度クリアしている人というのも多いのですが、問題は、その先の方法を知らないので、すでに十分地盤は固まっているにもかかわらず、いつまでも安定しない自信構築法をがむしゃらに頑張り続けて疲れ果てている人が多いという現実です。

実は、Beによる自信構築は、今までの自信構築法とはある意味で真逆です。なぜなら自分の存在そのものを信じるということは、全てに愛されているという確信を持つことであり、これは起きる事象の全てを信じるということと同義です。本当の意味で自信を持って生きるということは、世界を信頼し、安心して身を委ねる、全てを受け入れるという生き方なのです。

なので、いままで頼りにしてきた「必死に頑張る」「危機感を覚えて焦る」「どうにかうまくやろうと模索する」などの行為がかえって仇になりかねません。なぜなら、頑張れば頑張るほどむしろ自分を信じていない、世界を信じていないことにつながるからです。そうではなくて、何も無理をしなくても、ただ淡々と目の前のことを心が感じるままに丁寧にやっていった結果、全ての出来事が自分の幸せへと繋がっていると実感する成功体験だけが本当の安定的な自信を創り出します。

もしあなたが、それなりの能力や収入・ステータスがあるにも関わらず、なぜか満たされないとしたら、そろそろ今迄信じてきた「頑張る」という呪縛から自身を解き放つ時かもしれません。そして自分を含めて全てを信じ切った時、本当のあなたが目を覚ますのだと思います。


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寂しさを味わい尽くす

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前の記事で書いた「孤独を受け入れる」という話の続きのような内容なのですが、いくら人が生まれながらにして孤独といっても、やはり人間にとって「寂しさ」というものはつらいものだったりします。

一人でいる時になんとなく襲って来る寂しさもあれば、多くの人といても繋がりを感じられなくてつきまとう寂しさ、そして愛する人と別れたり、亡くなった時に感じる寂しさ、いろんな場面で寂しさというものは我々を苦しめます。

そんな時我々は、無理やり笑いに変えて強がってみたり、自暴自棄になってアルコールなどに溺れてみたり、あるいはこの寂しさを体験させる周りに怒りを覚えて攻撃したり、様々なカタチでこの寂しさという苦しみから一刻も早く逃れようともがきます。ところが、そうやって寂しさを恐れて嫌だと思えば思うほど、さらに苦しみは増し、孤独への恐怖は強まってしまうのです。(この構造については詳しくは前の記事のジェットコースターを参照)

その対処としてはいくつかありますが、まず寂しさの捉え方を変えることが大切です。寂しさを単なるネガティブな感情として、本来捨て去らねばならないモノと考えていると苦しみます。我々はこの寂しさがあるからお互いに繋がりを求めるわけですから、人間にとって大切な感情とも言えるのです。寂しさがなければカップルもコミュニティもはるかに存在しづらくなるでしょう。また、「寂しさ」は「愛情深さ」の裏返しとも言えます。寂しさが強い人はそれだけ大きな愛を持っているとも言えるのです。

そして、そんな寂しさから逃げようとするのではなく、それを味わい尽くそうと覚悟を決めるのが良いでしょう。寂しい時はどうしてもその時間が永遠に続きそうな気がして途方にくれますが、どんなに辛いことがあったとしても、寂しさを受け入れてジタバタせずにいると、そのうちいつか必ず通り抜けていきます。そして、寂しさを味わい尽くした時、あなたはまたさらに一段と本当の大人へと近づいていくのです。寂しさはあなたを愛と優しさに満ちたすばらしい人間へと変革させるギフトでもあるのです。


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悪習慣を断つ

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「朝寝坊がどうしても治らない」
「いつも散らかしたままで片付けができない」
「飲むとついつい酔っ払って午前様になってしまう」

本当にやめたいと願っているのにいつも同じ失敗を繰り返してしまうというような悪習慣に悩まされている人は少なからずいます。軽度なものであれば、たとえば目覚まし時計を2つ用意するなどの対処でうまくいきますが、どういう対策をとったとしてもついついまた悪習慣に戻ってしまう場合は、根本からその原因を見つめ直す必要があるかもしれません。

1つの可能性として考えられるのは、顕在意識としては真剣に悩んでいるのに、潜在意識としてはむしろその悪習慣を求めている場合があるというケースです。その場合は、どう対策をとってもどうにかこうにかそれを回避して悪習慣を続けようと潜在意識が頑張るので、なかなか改善できません。先ほどのように目覚ましを2つ用意するというような対策をとっても、2つとも止めてまた寝てしまうというように、その対策を乗り越えて悪習慣を続けてしまうことでしょう。

そんな時は焦らずに、まずは冷静になぜ自分の潜在意識は悪習慣を求めているのかを探求していくところからはじめます。そうすると、本当は行為そのものがやりたいわけではなく、失敗することで周りから助けられたり、注目されたり、叱られたりすること自体を求めていることに気づいたりします。

たとえば、朝寝坊や泥酔をすると、親や配偶者や上司などに怒られたりするわけですが、怒られること、あるいは怒られたあとに赦されることで愛情を感じてしまうという構図で、実は潜在意識はその愛情を得たくて頑張っていたりするわけです。

これに気づくと、いままでは訳も分からずに続けていた悪習慣ですが、全貌が明らかになるため、やっとはじめて自分で今後何を選択するかを決められるようになってきます。

そのまま悪習慣を続けて、助けられたり注目されたり、怒られて赦されるというような愛情を味わい続けるか、もしくは、悪習慣を止めて、そんなことをしなくてもすでに愛されていると自覚するか、どちらもあなたの意思で決められます。悪習慣をやめたければただ単に後者を選択すると心に決めればいいのです。


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孤独を受け入れる

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前にも少し書いたことがありますが、人が最も恐れるものの1つに「孤独」があります。「寂しい」「一人になりたくない」「自分の苦しみをわかってほしい」という感じでしょうか。このような孤独への恐怖は、我々人間にとって下手すると死よりも恐ろしいものなのかもしれません。

多くの人はこの孤独への恐怖に囚われていて、一見するとそれがないような人でも、「人間なんて所詮こんなもの。だれも信じられない。」と、少しいじけた気持ちで大人ぶって強がっている、あるいは凍りつかせて見ないようにしているという方が多く、本当の意味で孤独への恐怖を克服している人というのはとても少ないように思います。

さて、この孤独への恐怖が強いとどういう点で問題が起きるかというと、孤独を恐れるがあまり、「愛されたい、認められたい、褒められたい」という想いが強くなりすぎるところにあります。こういった気持ちが強いと、いろんな場面でええかっこしいしたり、我慢してしまったり、見返りを求めて色々やってあげたりしてしまうので、ストレスが溜まりやすくなり苦しみます。また、常に孤独への不安を抱えていますので、自分を見てもらうことを強く求め、それが満たされないと他者を攻撃しはじめます。「寂しさゆえに攻撃して、かえってさらに孤独になる」というなんとも悲しい構図です。

では、どうやってこの孤独の恐怖を乗り越えればよいのでしょうか。

結論から言えば、人は生まれながらにして孤独であり、誰一人孤独からは絶対に逃げられず、「生きる」とは「孤独」と同義であることを自覚し、じたばたせずに腹を決めて孤独と向き合うことでしょうか。なぜなら自分と全て同じ条件の人は絶対に存在せず、一人一人が完全なまでにユニークなので、自分以外の誰かに自分の苦しさや辛さをわかってもらうというのはどうあがいても一生無理なのです。

といっても、だからといって前述したように「じゃあ、誰も信じられないんだね。」といじけた気持ちで寂しさを感じる必要は全くありません。そうではなくて、ある意味割り切るというか、絶対に逃げられないことなのですから「孤独を楽しむ」と捉えたほうがうまくいきます。実は一人でも大丈夫であることを知ること、独りきりになってもあなたの素晴らしさはなんの損害も受けないというのが本当の真実です。

変な言い方ですが、孤独なんてものを感じられるのも生きている間だけです。それも生きている喜びとして考えたほうがむしろ無理がなく自然なのです。そして、孤独を受け入れた時、あなたは本当の自由を手にします。あなたは、愛されようと頑張る必要もなく、認められようと焦燥感に駆られることもなく、褒められたいと心奪われることもありません。「寂しさ」の奴隷から解放され、真にあなたらしい人生が始まります。

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組織変革コンサルタント 信國 大輔
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