次世代型組織づくりのすすめ(セムコスタイル,Teal型組織,ホラクラシー,サーバントリーダーシップ)

ホラクラシー経営、Teal型組織、サーバントリーダシップ、ネットワーク型組織、ノマドワークスタイル。近年、このような次世代型の会社組織がじょじょに台頭し、組織変革コンサルを手がける当社でも次世代型の「びりかん式経営」を実践しています。このブログではそのノウハウをご紹介。

2015年05月

絶対に捨ててはいけないもの

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幸せになる1つの方法として「執着を捨てる」と書きましたが、1つだけ絶対に捨ててはならない似て非なるものがあります。それは「愛」です。

たとえば、僕は妻や子供達を心から愛しています。家族の笑顔こそが僕の幸せの源泉です。他のどんなものよりも大切で、全てをかなぐり捨ててでも家族を守り、そして妻とは死がいつか僕らを分かつまで深く愛し愛されながら添い遂げたいと思っています。

これは一見執着と似たように見えますが、でも実は全く違います。僕らの欲求のほとんどは、根底に「愛されたい」が眠っていたりします。ですから他の全ての執着を捨てて、ただ一心に「愛」を手に入れ育むことが本当の幸せにつながっているのだと僕は思います。

もし、あなたがいろんな執着を投げ捨てても悲しみから抜け出せないとしたら、それはいろんな雑音に惑わされて自分の心の声を見失い、間違って本当に一番大切な「愛」をどこかに捨ててしまったからかもしれません。その「愛」は、あなたにとって身近に当たり前に存在していたから、あなたはその素晴らしさを見失ってしまったのかもしれません。だとしたら、もう一度本当の自分に戻ってその「愛」を拾い上げにいけば良いと思います。

「人は簡単に変われないけど、愛の力はそうパワフルさ。怯えていると道見失う。でも、愛さえあれば最高の道選べる。誰もが完璧じゃないそれでいいのさ!」アナと雪の女王「愛さえあれば」より

いつも僕に「真実の愛」を教えてくれる妻に心から感謝しています。

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死ぬために生きる。

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執着は依存を生み出し、それを失う恐怖から、我々は怒りや悲しみや嫉妬や寂しさなど、我々を苦しめる原因を作り出します。例えば「ずっと仲間(あるいは恋人)と一緒にいたい。」という執着から、我々は自分の幸福を他人の存在に依存させ、「失ったらどうしよう」という恐怖に震えます。

この恐怖に抗うため、我々はいろんなものを作り出しました。文明や科学やルールや常識や倫理観や宗教や経済です。しかし、いつしか増えすぎたそれらは我々を縛る鎖となりました。恐怖を退けて幸せになろうとした結果、そのために幸せを捨てるというなんとも皮肉な構造です。

鎖によって多くの人が眼の光を失う一方で、しかしいつまでも恐怖は消えません。むしろ遠ざけたせいでさらにいろんな執着と依存を生み出し、恐怖は肥大していきました。そろそろ我々は気づいた方がいいでしょう。このアプローチではいつまでも恐怖は無くならない、幸せにはならないということに。

では、どういうアプローチであれば幸せになるのでしょうか。1つの可能性は根本原因になっている「執着を捨てる」ということだと私は思います。もちろん大変難しいことではありますが、もし、あらゆる執着を捨てて生きられたとしたら、我々は自分の幸せを何にも依存させないことになります。つまり、たとえ最も恐ろしい「孤独」や「死」が訪れたとしても、そんなことに左右されず、我々は揺るぎない幸せを手に入れることになります。

執着を捨てた人生には、もはや恐怖はありません。怒りや悲しみや嫉妬や寂しさや、我々を苦しめるあらゆる原因は消失します。もしかしたらこれが悟りの境地なのかもしれませんね。

実はこのアプローチには何も入りません。これは、もし深いレベルでそれに気づけたのなら、我々は誰でも、どんな状況の人でも、一瞬にしてこの世界を幸せに溢れた極楽浄土に変えられるということを意味しています。

我々はなぜ死ぬのでしょうか?そしてなぜいつか死ぬにもかかわらず生きるのでしょうか?もしかしたら、それは一番根っこの「生きたい」という執着を捨てて本当の幸せを手に入れるためかもしれません。我々はむしろ死ぬためにこそ生きているのかもしれません。「生きていなければ幸せではない」ということすら思い込みなのかもしれません。


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自然体で生きる

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最近、幸せに生きる1つのポイントとして「自然体」というのが大事だなと思うようになりました。

自然体であれば、それが落ち込んで悲しんでる時であれ怒ってる時であれ、良いことも悪いことも色々ある人生をありのままに謳歌できるように思います。

逆に、それが楽しんでる時や笑っている時であっても、緊張していたり、無理していたりする時は、色々なものに翻弄され、いたずらに苦しむように思います。

僕らの自然体を阻害するのは「執着」です。人や物や命への執着は、それを失う恐怖を生み出し、僕らの体を固く強張らせます。しかし、執着してもしなくても、失うときは失いますし、失敗するときはしますし、死ぬときは死にます。

もし未来が完璧に決まっていて揺るがないとしたら、強張ることに何の意味もありません。それが本当に気づけたとき、僕らははじめて真の自由を手にするのかも知れません。重力を忘れ、羽が生えたかのような軽やかさを手に入れるのかも知れません。もしかしたら重力は僕らの執着が生み出した幻想かも知れませんね。

肩の力を抜いて脱力し、深呼吸してゆるっと自然体に戻す。そして、あらゆる執着を捨て何が起きても受け入れる覚悟を決める。そんなことを常に意識すると、「今」目の前にある人生がもっと楽しめるかもしれません。

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覚悟を決める

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最近いろんな人に「覚悟」という話をすることが多くありました。ポジティブに未来を信じるというのは幸せに生きる上でとても大切ですが、一方でポジティブなことしか考えていないと最悪の事態が来たときに受け止め切れず動揺し焦ります。

ポジティブに考えて無駄な不安や心配を除去しつつ楽しく行動し、最悪の想定もしておいて、それがいつ来てもいいように「覚悟」を決めておく。まさに「人事を尽くして天命を待つ」という感じでしょうか。

良いことも悪いこともある人生を安定的に幸せに生きるにはそんな心持ちが必要なのかもしれません。

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執着を捨てる

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我々は日々いろんな執着に囚われています。特に多いのは「愛されたい」「認めて欲しい」「褒めて欲しい」「理解されたい」「(相手に)変わって欲しい」といった具合でしょうか。しかし、執着に囚われていると今を幸せに生きることが難しくなってしまいます。

なぜなら、それらの執着を持っている時、我々は「今はそれが無い。足りてない。」と強く認識し、不幸だと感じやすくなるからです。そして、望んでいない人に理解させよう・褒めさせよう・認めさせようとするので、結果それは説得になり、ほとんどの場合は不毛な努力(あるいは逆効果)をすることになります。

ですのでそのような執着はなるべくさっさとゴミ箱へ捨ててしまったほうがよいのですが、それが簡単にできるのなら誰も苦しんでいないでしょう。

ではどうやって執着を手放すか? 1つの鍵となるのは、実はそれが手に入らなくても幸せに生きることが可能だという事実を知ることです。もし仮に特定の人に自分のことを理解してもらえなかったとしても実は幸せに生きることはできるのです。褒めてもらえなくても死にはしませんし、あなたを認めない人が、あなたを殺しにくるわけでもありません。

コントロールできない自分以外の人のことは放っておき、執着を捨てて、ただただシンプルに自分が幸せに生きること、それだけが幸せな世界への扉を開きます。

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愛してるからか、それとも愛されたいからか。

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愛してるから(好きだから)行う行為の場合、よほど空気が読めない人でない限りは問題がないことが多いようです。なぜなら、やりたいからやっている行為なので、行動している時点で満足していることが多く、相手の反応に幸福度を左右されません。極端な話、相手がそれに気づかなくても、下手すると一時的に嫌われても、あまり気にせず本人は幸せです。

ところが、愛されたいから(好かれたいから)行う行為の場合は注意が必要です。このような行為の場合、望んでいるのは相手がその行為を通して自分のことをより愛してくれることなので、幸福感が相手によって左右されます。見返りを強く求めることになり、それが満たされないと恨みや怒りや嫉妬や寂しさが発生してしまいます。また、行為自体はやりたいからやっているわけではなく、愛されるために仕方なく我慢してやっていることが多いのでストレスも溜まりやすく二重に本人を苦しめます。

とはいえ、幼少期に十分な安心感を得て生きてこれなかった人達は、「愛されていないと危険」という回路が強くなってしまっているので、なかなかこの罠から抜け出ることができません。ついつい嫌な気分を結果として味わうことがわかっていても後者を選んでしまいます。

まず気づいてほしい重要なことは、実はこの「愛されていないと危険」という事実が、自分で生活でき
ない幼少期は真実だったものの、すでに大人になったあなたにとっては真っ赤な嘘であるということです。無自覚に反射として危険を感じているだけで、実際には愛されなくても普通に生きていけるというのが本当の真実です。

とは言えそれじゃあ寂しいじゃないかというのが次の声ですが、実は当たり前ですが寂しくても死にません。ジタバタせずに寂しい状態というのをじっくり味わいつくしてみるとわかるのですが、どんなに寂しくとも、流血するわけでもお腹が空くわけでも空から巨石が降ってくるわけでもありません。もし体調が悪くなるとしたら、それは「寂しい状態は危険」というあなたの思い込みが作り出しただけのものであったりします。

そうは言っても、十数年染み付いてきた「愛されないと危険」という思い込みはそう簡単には解除できないわけですが、それでも上記のような本当の真実を知っておき、愛されたいからやってしまいそうになる行為の前や、寂しさに心奪われた状態の時に思い出してもらえると多少なりとも助けになるとは思います。

偉そうに書いてますが、僕自身もまだまだこのような思い込みに苦しむ一人です。おそらくほとんどの人は何かしらそういう思い込みで苦しんでいると思います。そう考えると少しは、それらに立ち向かう勇気になるんじゃないかなと思います。

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組織変革コンサルタント 信國 大輔
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