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我々の心が苦しめられるとき、多くの場合は、その人が身につけている常識や信念や思い込みという鎧が原因だったりするわけなんですが、これらは親からもたらされているケースがほとんどです。具体的にそれらの鎧を書くとすれば、たとえば「早くしなさい」「わがまま言うんじゃない」「我慢しなさい」「他人様に迷惑かけるな」「泣くな」「騒ぐな」「悪い事するとバチが当たる」「人を簡単に信用するな」・・・そんなところでしょうか。

小さい頃に強い鎧を着せられた人は、大人になってもそれがつきまとい、あらゆる場面で心を苦しめます。「早くしなさい」が強すぎれば、いつも焦燥感に駆られ、おだやかに心落ち着かせることが難しく、「我慢しなさい」が強すぎれば、いつまでたっても我慢してしまい本当にしたいことが見えなくなり、「泣くな」が強ければ、ネガティブな感情を上手に人前でオープンにできなくなって孤独感を感じたり、「バチが当たる」が強すぎれば、いつもあらゆる場面で罰に怯えて生きる人生になります。

実はこの鎧というのは、この狂った世の中で生きていくための処方箋でもあったりします。この鎧があるから、危険でいっぱいの世の中で知識も力も乏しい子供が生きていけるとも言えるのです。もし、この処方箋がなかったら、我々は、ノロノロと行動し、わがままを限度を知らず言って、人の迷惑を気にせず、泣きじゃくったり、騒いだり、いたずらをしたり、簡単に知らない大人を信用してしまったりするわけですから、鎧にも意味があるというのはわかっていただけるのではないかなと思います。

ところが、親も我々もこの鎧の脱ぎ方を知らないので、そろそろ知識も力も持って自力で生きていける大人になっているというのに、いつまでも鎧を着たままになっているところに一番の問題があります。

この構造を知らなくても、なんとなく心では気づいているため、そんな育て方をした親を恨んでいる人も少なくありませんし、もしくは、大人になっていて表面上は「タダで育ててくれたんだから文句いうのはおかしい」と頭で無理やり納得させていますが、その奥でひっそりと恨みの念を心の奥底に抱えている人もいます。

では親は子供を苦しめるために鎧を着せたのでしょうか。親の顕在意識としては色々事情がありそうですが、少なくとも親の心の方は子供を苦しめるつもりなど露ほどもないと思います。むしろ狂おしいほど愛しているというのが本当の真実でしょう。我々の親の心は、本当はずっと抱きしめて愛したい子供に泣きながら鎧をつけたのでしょう。言葉にするとこんな感じでしょうか。

ごめんね。
苦しいよね。

私のことは恨んでいいから立派に育ってね。

あなたがいつか無事大きくなったら、
いつかこの鎧を脱いで幸せに生きてね。

あなたの幸せだけを心から願ってる。

我々を苦しめるこの鎧は、小さい頃我々を守ってくれた親の愛でもあるのです。それを知ることは、親を赦し、自分を赦し、親の願いであった鎧を脱いで幸せに生きることに繋がっています。


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